木彫作家の父 高村光雲と母 わかの長男として、東京都台東区に生まれた。ロダンの「考える人」の写真を見て衝撃を受ける。
アメリカへ自費留学をし、ナショナル・アカデミー・オブ・デザインの夜学に通い、彫刻家 ボーグラムの助手を務める。
ニューヨークで荻原守衛らと親交を結ぶ。ロンドンでは、陶芸家のバーナード・リーチを知る。
イタリア旅行を経て帰国。長沼智恵子と結婚し、高村の代表作品となる「手」や「鯰(なまず)」を制作。
その後、智恵子と死別し詩集『智恵子抄』を出版。近代日本彫刻界に影響を与えた重要な芸術家である。