ARTISTS
作家プロフィール
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作家プロフィール
Seiki Kuroda
黒田 清輝
鹿児島県生まれ。
法律を学ぶために留学したフランスで画才が開花し、画家へ転向する。
ラファエル・コランに師事し、明るい外光をとりいれた印象派的な表現を習得、日本の美術界に大きな影響をもたらした。
また、アカデミズムとしての構想画の制作を試みるなど、本格的な西洋絵画の移植に努めた。
1896年に白馬会を結成。この年に創設された東京美術学校の西洋画家の指導者となり、多くの新しい才能を育てた。
後年には、貴族院議員や帝国美術院長を歴任し、美術行政家として活躍した。
日本の油彩画は、黒田清輝が東京美術学校を設立し、当時の画壇で強大な力を発揮していたからこそ大きな発展を遂げたといえる。
残された秀美な名作の評価と美術行政面の多大な功績から日本における“洋画の父” として現在も日本中で親しまれている。
略歴
1866年
鹿児島高見馬場に生まれる。幼名新太郎。
父は島津藩士黒田清兼。
父は島津藩士黒田清兼。
1878年
この前年、名を清輝と改める。
高橋由一の門人細田季治につき、鉛筆画・水彩画を学ぶ。
高橋由一の門人細田季治につき、鉛筆画・水彩画を学ぶ。
1883年
フランス語を学ぶ。外国語学校フランス語科二年級に編入される。
1884年
フランスへ留学。
1886年
法律大学に聴講する。
パリ滞在中の山本芳翠、藤雅三、林忠正に画家になることをすすめられ、ラファエル・コランに師事。
パリ滞在中の山本芳翠、藤雅三、林忠正に画家になることをすすめられ、ラファエル・コランに師事。
1887年
法律大学を退学。
アカデミィ・コラロッシのコラン教室において絵画を専修。
アカデミィ・コラロッシのコラン教室において絵画を専修。
1891年
ソシエテ・デザルティスト・フランセのサロンに「読書」入選。
1893年
アメリカ経由で帰国。
1894年
天真道場を設け、後進を指導する。
1896年
東京美術学校講師となり、西洋画科の指導者となる。白馬会を創立する。
1898年
東京美術学校教授となる。
1912年
光風会創立。
1917年
養父清綱子爵逝去、襲爵。
1919年
帝国美術院会員となる。
1920年
貴族員議員当選。
1922年
フランス政府より、クロワ・デュ・コマンズール・エトワール・ノワル勲章受章。
帝国美術院長に就任。
帝国美術院長に就任。
1923年
フランスより、コマンズール・ド・ロルドル・ナショナル・ド・ラ・レジョン・ ドヌール勲章受章。
1924年
フランス政府より、グラン・クロワ・ドラゴン・ド・ランナン勲章受章。
7月15日東京麻布笄町の自宅で逝去。享年57歳。同日、叙従三位勲二等授旭日重光章。
7月15日東京麻布笄町の自宅で逝去。享年57歳。同日、叙従三位勲二等授旭日重光章。